フィギュアスケートを外野から楽しむ&応援するための会


by carthaginois

続・第三の女

NHKのBS2で放送された『WATARIDORI』という映画を見ました。

世界中に生息する渡り鳥たちの姿を、鳥たちに寄り添うような視点で、淡々と、しかしスケール大きく記録したドキュメンタリームービーなのですが、その美しい映像に強くひきこまれ、見てほんまよかったなぁ、また見てみたいなぁ思いました。




この映画には主たるストーリーらしきものがない。過剰な演出というものもない。型に嵌った人為的解釈というものもない。鳥たちの生態をあるがままに提示しようとしている製作者たちの真摯な姿勢、そして熱い情熱が読み取れるのですが、そこにこの地球上に生を受け生きるもの、他者に対する共感が感じられ、バタバタ(batabata) or パタパタ(patapata) と、翼を一心不乱にはばたかせ、ひたすら目的地に向かって、海越え山越え、野原に砂漠も越え、群れをなし旅し続ける鳥たちの神秘、なんともいえない不思議、驚異が、ジーーーーーーーーーンと静かな感動の波となってストレートにおしよせてくる、そんな映画でした。

この映画を見ている間、浅田真央選手の演技している姿が何回か目の前に浮かんできました。
この前の世界選手権でのショート・プログラムの最後のステップのところ。鳥が飛翔するイメージのポーズ。生きている鳥の姿が一瞬垣間見えた。あそこには真実な決定的な何かがあると感じられた。あの地点からビームみたいな特別な光線が発信されたような…世界が一つに繋がったような…。彼女の演技にも、人智を超えた神秘、不思議、驚異が強く感じられる。

ちょっとファンの贔屓目からかもしれませんが、彼女は特別、他の選手たちとは全然違うなという感じを受けています。とってもヴェイリーVeryオリジナル。。。

前回のわたしの投稿で、最近のオリンピックの女子フィギュアの傾向を見ていて、金メダル候補が実際金メダルをとるのは重圧その他もろもろでとても難しいこと、ちょっとだけ精神的に身軽な〝第3の女″のポジションがおいしい、バンクーバーでは新鋭勢いのある長洲選手あたりが有利なのでは?なんて大風呂敷を広げてみましたが、一方、現時点優勝候補筆頭の浅田選手は、念願金メダルに寸前手が届かなかったクワン選手やスルツカヤ選手のようにはならない、彼女は特別、彼女は乗り越える、彼女はきっとやる、というような全く根拠のない実感がつきまとうのも、浅田選手が持っている巨大さ、それは目には見えない、まだまだ充分に真価を発揮していないように思える巨大さ、全くオリジナルな彼女の内部に存在している、その圧倒的なまでのマジカルなパワーがなせるわざなのでしょうか?

人を驚嘆させ熱中させるだけの力、というのはとても価値ある力だと思う。これはちょっと受け売りっぽいんですが、いろいろな人が、生きている上でもっているさまざまな悩みや苦しみや怒り、それらに囚われている現実世界をしばし忘れさせ、たとえ一時であれ別世界別天地へと連れ去り遊ばせるというのは、それはそれはすごいことだと思う。演技が素晴らしいものであれば素晴らしいだけ、美しければ美しいだけ熱中度も高く、また演技を見る人が多ければ多いだけ、癒される魂の数も多い、成し遂げられる意義も大きい、そういうヒューマンな一面も多聞にあると思う。

またたとえ結果がどのようなものになったとしても、人のために何か善いことをやろうという意志、少なくともそのことは伝わるし、その意志が何よりも尊いOTAKARAとも思う。だから…
[PR]
by carthaginois | 2008-06-03 00:18 | オリンピック